日本が世界をリードするために。生成AIの社会実装に向けた、現在地と未来図

INTERVIEW 001
HIDEKI MURAI

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誰もが簡単に利用できることで、急速に普及が進む生成AI。そのインパクトの大きさから、社会への実装が実現されることによるイノベーションの創出が期待されています。そんな中、「生成AIは日本経済の再活性化に向けたゲームチェンジャーとなる可能性が極めて高い」と語るのは、自民党史上、最年少で内閣総理大臣補佐官に就任し、AI戦略チーム長として日本のAI戦略をリードする村井 英樹氏。生成AIの可能性やリスクへの対策、日本が世界をリードするための意気込みについてお話を伺いました。

政府としては「異例」の進め方。生成AIをめぐる国の動き

ー村井補佐官がチーム長を務められているAI戦略チームの活動内容について教えてください。

2023年4月24日に発足したAI戦略チームは、岸田内閣総理大臣の指示のもと、私がチーム長を担い、関係府省庁の方々を構成員として組成されています。このチームは、学識経験者や実務者などの有識者で構成されるA戦略会議の議論も踏まえ、関係府省庁が連携し、課題に対して迅速に対応していくことを目的としています。また、AI戦略会議では、座長である東京大学の松尾 豊教授をはじめとする有識者の方々と集中的に議論を重ね、5月26日に「AIに関する暫定的な論点整理」を取りまとめています。

生成AIは21世紀の産業革命とも言われ、あらゆる産業に影響を与える可能性があります。加えて、世界各国でも関連する動きは非常に早く、各省庁がバラバラに対応するだけでは対応が後手にまわってしまうため、官邸に司令塔となるチームを設置して、戦略策定を主導しています。

ー政府の会議体としては異例の進め方と言われています。どのような点が異例なのでしょうか?

アジャイルな進め方をしている点が通常の政府の会議体とは異なります。2023年5月11日に第1回のAI戦略会議を行い、約2週間後の2回目の会議で暫定的な論点整理を行いました。とにかく今できることを迅速に進めようと、下書きを事前説明するプロセスなしで有識者の方々に集まっていただき、会議の場で全員が一文一文をチェックして取りまとめました。有識者の方々のコミット度合いが高かったことも、アジャイルに進められた要因だと思います。

また、先ほども申し上げたとおり、AIが社会に与えるインパクトは大きく、関連技術は日々すさまじいスピードで進化しています。一般に、政府の審議会では、半年から1年程度かけて取りまとめを行うことが多いですが、AI戦略会議では、約2週間でその時点で分かっていることをまとめました。あくまで暫定的な論点整理という位置づけのため、新たな動向や論点が出てきたら、その都度対応していく方針です。

生成AIはゲームチェンジャーに!? 医療や教育の分野で期待できるイノベーション

ー日本は少子高齢化をはじめ多くの社会課題を抱えています。こうした課題に対し、AIにはどのような可能性があるのでしょうか?

少子高齢化に直面する我が国にとって、働き手・経済の担い手の減少は喫緊の課題です。各分野で省人化・省力化を進めていくことが必要ですが、生成AIはこうした課題解決に向けて非常に有効な手段の1つになると考えています。加えて、従前からアニメなどによりロボットやAIに慣れ親しんだ日本社会は、欧米と比較して、比較的AIに対する社会的受容性が高いとの指摘もあります。日本経済は、バブル後の低迷により失われた30年を経験してきましたが、こうした背景を踏まえると、生成AIは日本経済の再活性化に向けたゲームチェンジャーとなる可能性が極めて高いと考えています。

ーゲームチェンジによって、イノベーションが生まれるのでしょうか?

新しい産業の創出や、それに伴う生活の利便性の向上が期待されます。例えば、病気になったのか疑わしい場合、現在ではすぐに医師にかかりますが、今後は医療AIがスマートフォンに実装され、簡単な問診や診察ができるようになるかもしれません。まずはAIに相談し、AIによりリスクが高いと判断された場合には、専門医の診察を受ける、そういった形に変わっていく可能性もあります。

また、教育分野では、生徒一人ひとりの進度や理解度に応じた教育が提供できるようになる可能性もあります。学習の進捗度合いに応じて、子どもたちの能力を最大限引き出す、オーダーメイド教育のようなイメージです。教育は、子どもの生まれ育った環境によって格差が生じやすいとの指摘もありますが、教育AIが実現すれば、そうした環境に依存しない、公平な教育を提供できるかもしれません。

生成AIの開発・提供・利用の促進に必要なガードレール

ー生成AIは大きな可能性を持つ一方で、さまざまなリスクも懸念されています。リスクにはどのように対応していく必要があるとお考えでしょうか?

論点整理の中にも書きましたが、生成AIの開発・提供・利用を促進していくためには、生成AIに関する懸念やリスクへの適切な対処が必要です。生成AIの持つ潜在力を最大限引き出すためにも、いわば「ガードレール」の設置が必要だと考えています。

暫定的論点整理には、生成AIのリスクが顕在化しないように、先回りして大きな方向性を記載しました。AIの進化は日進月歩であり、AIが「AIによる生成物」を精度高く見極める技術も生まれてきています。民間の皆さまに開発いただいた技術を有効活用させていただき、官民で連携しながらリスク対応を進めることが大切だと考えています。

ーAIに仕事が奪われる、という懸念についてはいかがでしょうか?

米国などではホワイトカラーを中心に雇用が奪われるとの議論もあります。一方で、日本の最大の課題は少子高齢化と、それに伴う働き手の不足です。「働き手不足」が深刻化する日本は、実は世界の中でもAIの恩恵を享受しやすい国でもあります。それでもなお、一部の分野では人が行う業務の内容、範囲や重点が変わってくる可能性もありますが、そうした状況も見据え、リスキリングに関する取組を着実に推進することが必要です。政府として、働き手の皆さまが持っている能力を十分に発揮できる環境づくりをしっかり行う必要があると考えています。

日本が世界をリードするために。鍵は「恩恵の実感」と「身近なリスクの顕在化の回避」

ー今後、さらに生成AIの社会実装を進めるためのポイントは何でしょうか?

2つのポイントがあると考えています。1つ目は「AIによって生活が便利で豊かになった」と誰もが思える事例が広く社会で共有されることです。例えば、AIが簡単に自分自身の健康状態をチェックしてくれて、医療行為につながる必要な対処をしてくれるような事例が社会に広く浸透することで、誰もがAIの利便性について理解・共感することができます。こうした事例の実現には法改正が必要なものもあると思いますが、社会全体がAIを利活用することで得られる利便性を実感することが大切だと考えています。

2つ目は、国民が実感しやすいリスクの顕在化を避けることです。身近なリスクが顕在化することで、AIに対する日本社会全体の雰囲気が一気に変わってしまう可能性があるからです。例えば、オレオレ詐欺について考えてみると、音声生成AIによって息子の声に変換して電話をかけ、動画生成AIによって事故の映像までつくるなどして巧妙化された状況では、今まで以上に多くの人が被害に遭うおそれもあります。より多くの人が被害に遭うことで、社会全体にAIはよくないものだという雰囲気が蔓延することもあると思います。その結果、本来はAIを有効に活用できるにも関わらず、AIの利用を過剰に抑制してしまう可能性もあります。生成AIの社会実装を進めていく上では、こうした身近なリスクを顕在化させないよう、先回りして対応を考えておくことが重要です。恩恵の実感と身近なリスクの顕在化の回避、この2点が生成AIを日本社会に実装するための重要なポイントだと考えています。

ー最後に、AI戦略チームの今後のロードマップについて教えてください。

2023年5月に取りまとめた暫定的論点整理に基づき、様々な取組を進めています。例えば、AIの開発や利活用のためのガイドラインの作成です。従来は総務省と経済産業省で個別に作成していましたが、今回は統合した形で作成を進めています。

広島サミットでは、閣僚級による議論の枠組み「広島AIプロセス」において、国際的なルールづくりを進めることで各国が合意しました。日本はG7の議長国として、各国をリードしていきます。G7を中心とする各国が遵守すべきルールの原案は、AI戦略チームを中心として作成していきたいと考えています。日本がリーダーシップを発揮して、世界全体のAIに関する最適なルールづくりに向けて、主導的な役割を果たしていきたいと思っています。

PROFILE

HIDEKI MURAI

内閣総理大臣補佐官/AI戦略チーム長
1980年さいたま市生まれ。2003年東京大学卒業後、財務省入省。2010年、ハーバード大学院修了。2012年、衆議院議員。以降、国会対策副委員長、内閣府大臣政務官(金融担当)、自民党副幹事長等を歴任し、現在は内閣総理大臣補佐官として、AI戦略をはじめとした政権の主要課題に取り組む。